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ネ我申 KAGAMI

KAGAMI

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 [こころ]

現実を受け入れる事への不安・怒り・悲しみ

幾度と無く流した涙
枯れることの無い涙

障害を受け入れる
現実を受け入れる

そうすれば

きっと、楽になる

抗うから
己に刃が向うのだと

知っているはずなのに・・・・

受け入れがたきを受け入れて・・・・・
行ければ、きっと楽になれるはず。
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薬切れ・・・・痛ててててて [徒然なるままに]

痛み止めの注射をするようになって約2週間


あの激しい痛みから解放されて
絶好調の毎日!

あれ???これって治ったのかな?
などと、のんきな時間を過ごして居た

が・・・・現実はなんも変わっていなかった
今朝から、再びじわりじわりと
あの、痛みの感覚が戻ってきた


せっかくのゴールデンウィーク子供をつれてお出かけ
夕方の帰宅のころには、痛みはMax

山積する問題は時間の流れと共に、一つずつ解決していく
問題児の母は退院して、病院通いは通院のお供に変わり
時間的に余裕が出てくる

自営の仕事は、震災の影響も薄れ
以前の活気を取り戻しつつあり、助けてくれる人も居て
どうにかやっていける気配

肝心の私自身の体・・・・は
痛みが戻り

ああ・・・やっぱり治っていなかったと
内視鏡の手術だけで済ませたいと言う、私の言葉を
打ち消すようにDrの「無理」の一言


先生・・・。無理はこっちが言いたい台詞


でも、痛みを感じる瞬間
Drが言う言葉を飲み込む

ふん!
くそったれ!!


私は何も失っていない
元気ではないけど
激しい痛みがある身体だけれど

いまここに存在している


働く仕事もあって、住む家もあって、家族も居る


これ以上何を望んでいるのだろう


私は恵まれている・・・・・・と
思い知る。


思わず笑ってしまう
私は、私自身が作り出したillusionの中で
悲劇のヒロインを演じていただけ


痛みがあるのは存在しているから
苦しみを感じるのは生きているから


なんて幸せなことだろう


生きている!






と笑ったら・・・・


我が家の天使


白猫の琥珀もふにゃ~~  とわらっていた。

01.jpg




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「苦難にある者たちの告白」 ニューヨーク・リハビリテーションセンターの壁の詩. [こころ]

大震災・放射能汚染
様々な苦難に見舞われている日本という国

そして、今日手術を言い渡された私・・・・
4月4日に母が倒れ
震災の影響で、経済が追い込まれ
家族の入院で時間的に追い込まれ

誤診により、4ヶ月も放置してしまい
激しい痛みに耐えてきた足が、いよいよ悲鳴をあげ
一昨日4件目の医者で始めて聞かされた診断

ここまで悪くしてしまっては、一度膝下の骨を切ってボルトで止めないと・・・・
ドクターの説明がドラマのワンシーンを見ているように聞こえてくる
ぼけた私の頭

これほど頻発する地震のさなか
手術・リハビリ1ヶ月の入院
幼い子供病気の母を置いて行ける?????

病院からの帰り道、幾度も幾度も自分に聞いてみた
病院から仕事場に向かい、痛む足で仕事をこなしながら
再び自分に聞いてみる

帰宅後、15歳と7歳の下二人の子供に話すと
三女のチビは泣き出し
次女は、「仕方ないよね・・・・」と言ったきりうつむいた

入院中の母は・・・あいも変わらず自分勝手な意見を並べる

なんで、この時期なんだろう
4ヶ月前にこのケガがちゃんと診断されていれば
その時に的確な治療を受けていられれば

過ぎてしまった時間を恨んでも始まらない
誤診をした3人の医者を恨んでもしかたない

起きてしまった事、しなくてはいけないこと
守らなくてはいけない命

私にとって大切な事の順位を決めよう

京都大学の防災センターの発表では、近いうちにM8以上の余震が
関東に起きる可能性があるという

そんな時に、この私が絶対安静2週間・入院1ヶ月の、足の手術など受けたら
子供は誰が守るのか

「先生、もし手術をしなかったらどうなりますか?」

「激しい痛みと足が伸びない事での
筋肉の萎縮、股関節腰椎の歪みによる、歩行不全が起こり今以上に辛くなります」

あと、どれ位自分の足で歩けるのだろう・・・・

きっと、まだ数年はいけるはず。。。。と、自分勝手に考える
だったら、子供が大きくなって自分で色々な事を判断出来るようになるまでの
時間は稼げるはず


それなら、こんな時期にハイリスクな手術を受けたくない
と・・・・思うのは今日の考え

明日にはきっと明日の考えが浮かんでくるはず
腐った頭でこの詩を思い出した。




「苦難にある者たちの告白」
-ある患者の詩-

大事を成そうとして、
力を与えてほしいと神に求めたのに、
慎み深く、従順であるようにと
弱さを授かった。

より偉大なことができるように
健康を求めたのに
よりよきことができるようにと
病弱を与えられた。

幸せになろうとして
富を求めたのに、
賢明であるようにと
貧困を授かった。

世の人々の賞賛を得ようとして、
権力を求めたのに、
神の前にひざまずくようにと
弱さを授かった。

人生を享楽しようと
あらゆるものを求めたのに、
あらゆることを喜べるように
命を授かった。

求めたものは一つとして
与えられなかったが、
願いはすべて聞き届けられた。

神の意にそわぬ者であるにもかかわらず、
心の中の言い表せない祈りは
すべてかなえられた。

私はあらゆる人の中で
最も豊かに祝福されたのだ。
(訳者不明)




A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED

I asked God for strength, that I might achieve
I was made weak, that I might learn humbly to obey...

I asked for health, that I might do greater things
I was given infirmity, that I might do better things...

I asked for riches, that I might be happy
I was given poverty, that I might be wise...

I asked for power, that I might have the praise of men
I was given weakness, that I might feel the need of God...

I asked for all things, that I might enjoy life
I was given life, that I might enjoy all things...

I got nothing that I asked for -- but everything I had hoped for
Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.

I am among all men, most richly blessed!

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宮沢賢治 「雨ニモマケズ」 [光]

「雨ニモマケズ」

雨にも負けず

風にも負けず

雪にも夏の暑さにも負けぬ

丈夫なからだをもち

慾はなく

決して怒らず

いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と

味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを

自分を勘定に入れずに

よく見聞きし分かり

そして忘れず

野原の松の林の陰の

小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気子供あれば

行って看病してやり

西に疲れた母あれば

行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行ってこわがらなくてもいいといい

北に喧嘩や訴訟があれば

つまらないからやめろといい

日照りの時は涙を流し

寒さの夏はおろおろ歩き

みんなにでくのぼーと呼ばれ

褒められもせず

苦にもされず

そういうものに

わたしは

なりたい

 

(原文)

「雨ニモマケズ」

雨ニモマケズ

風ニモマケズ

雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ

丈夫ナカラダヲモチ

慾ハナク

決シテ瞋ラズ

イツモシヅカニワラツテヰル

一日ニ玄米四合ト

味噌ト少シノ野菜ヲタベ

アラユルコトヲ

ジブンヲカンジヨウニ入レズニ

ヨクミキキシワカリ

ソシテワスレズ

野原ノ松ノ林ノ陰ノ

小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ

東ニ病気ノコドモアレバ

行ツテ看病シテヤリ

西ニツカレタ母アレバ

行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ

南ニ死ニサウナ人アレバ

行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ

北ニケンクワヤソシヨウガアレバ

ツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒデリノトキハナミダヲナガシ

サムサノナツハオロオロアルキ

ミンナニデクノボウトヨバレ

ホメラレモセズ

クニモサレズ

サウイフモノニ

ワタシハ

ナリタイ



4月1日に79歳になった母が、仕事をしている頃に暮らした東北
その頃、幾度となく聞かされた宮沢賢治の詩

今ほど、心に響く瞬間はない

地震が起きてすぐに
母が語った言葉は

「東北の人は必ず立ち上がるよ」
「東北人は本当に本当に我慢強く、底力を持っているから平気」
「彼らの力は凄いんだ、私はそれを見てきたから知っている」
「だから、私は信じている」

と、涙を流していた。


私も信じている、東北の人の力を
日本人の力を
地球人の力を



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満天の星~宇宙の約束挿入歌~みんなが幸せでありますように

静かな静かな時
体も、心も、stop

動く事を
思うことを
stop

今の私に必要な事


静けさを受け入れる事


喜びを
悲しみを
肯定も
否定も


止めて見えてくるものを

心いっぱい
体いっぱい


魂いっぱいに


感じ・・・・・る







満天の星 宇宙(そら)を巡り
はくちょう座の十字を 目で追って

僕たち宇宙に浮かんでると
あなたがぽつりとつぶやく

あなたと私 どうしてここに
一緒にいられるのだろう?

銀河の流れ 指でたどり
宇宙のひとつでいよう


宇宙(そら)にかかる 億万の星
海で光る 億万の砂
億万の花
億万の想い

そして つながる命


あなたと私 どうしてここに
一緒にいられるのだろう?

時の流れの その中で
宇宙のひとつでいよう


(作詞・作曲:山元加津子 歌:せいら&まな)
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蒼き地球~水の惑星に送る~ [鏡]

身体の中の水が
大気中の水が
大海の水が
地球上のすべての水が

今この瞬間・・・・福島原発の水と共鳴しあう




水の伝道師「江本勝~地球人への呼びかけ~」
TAKE ACTION FOR JAPAN エモトピースプロジェクト

『福島原発の水たちよ、


辛い思いをさせてごめんなさい。


我々を許してください。


そして有難う、愛しています。』






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自由意志~「I Believe in ME」~ [こころ]

自分を「信じる」ということを
感じた朝

答えを外に求め続ける限り
真実は見えてこない


インスピレーション・メッセージ~「I Believe in ME」



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選択の自由~バシャール~ [こころ]

あるがままを受け入れて
何を選ぶのかは自分自身



保存版バシャール:ヴァイブレーショナル・アライメント(波動調整)

「人生に仕組まれた意味はない」

それはあなたが決めたこと、あなたのゲームです
あなたの創造であって、あなたの体験なのです

すべてあなた次第なのです

あなたが現実を創りだしているとか
すべてはあなたの思考、信念、態度、感情によるものだ
というニューエイジ的な考え方がありますが、
それはちっとも神秘的なことでもなんでもありません

これは単にエネルギー力学を現しただけのものです


つまりあなたは、自分が発信したものを受け取る・・・
ということです


あなたの体験を創造しているのは意識なのです
実証できる外の現実は一切ないのです


唯一存在する「真実」は
あなたが体験する現実だけなのです

そこにあるあなたの深層信念が
その時どうなっているかをひも解いてみると

どんな時にも喜びを持って行動し
どんな機会にも情熱を持って行動する・・・
ということなのです

それがさらに前向きに進んでいこうとする
あなたの力となっていくのです

なぜなら・・・情熱、ワクワク、喜び、愛
身体で感じるこれらの感覚、身体で感じる高揚感
身体で感じるバランスと穏やかな感覚
これらがあなたが本来持つ本質、本当のあなた自身の
振動周波数へと物理的に変換を行っているのです

あなたが創造主から創造された
本来の姿に戻していってくれているのです
ですから、あなたが情熱を持って行動する時はいつでも
あなたは、自分の本質であり核となるヴァイブレーションに
調和していこうと宣言していることになるのです

そのあなたの本質であり核となるバイブレーションで
あなたが存在している時は
そうなったら宇宙は
そのバイブレーションに調和していることなら
どんなことでも応援することが出来るのです


でもあなたの思い込みのシステムが、
あなたの本質とずれていたとしたら

つまりあなたが、恐れ、疑い、嫌悪感などの
エネルギーを感じていたり
否定的な批判のエネルギーなどもそうですが

そういう時も、宇宙はあなたが発信した
ヴァイブレーションしか応援できないのですから


あなたが本当の自分自身と
調和しないヴァイブレーションを発信しているのだとしたら

宇宙はあなたの本質とずれたままのことを
提供し続けていくしかないのです

なぜなら、あなたが言った通りになるのですから
あなたは自由意志を与えられているのですから

どんな現実を体験していこうとするにしても
あなたが完全なる決定権を持っているのです

今まで何度も言ってきていますが
創造主から与えられている一番の贈り物は

これはあなた方の言葉では
始めはちょっと変に聞こえるかもしれませんが

ここはしっかりとよく聞いてください

創造主から与えられている
最も偉大な贈り物とは

「人生には意味はない」ということなのです
これが何を意味しているかというと

どんな状況も、どんな環境も
そこに元々ある意味はない・・・ということです

ニュートラル、中立なのです
意味を持っていない・・・それがもとにあります

あなたが意識してようと無意識であろうと
ニュートラルな状態で与えられた情況に対して
あなたが意味を付けたことが自動的に

あなたが付けた意味
始めはニュートラルであった状況に
あなたが付けた定義が

そのまま確実に、あなたのその状況から体験する結果を
決めていることになるのです

すべての状況は基本的にニュートラルであり
2つの役割を持っています

それらは、あなたにとって
ネガティブな状況にもポジティブな状況にも
創造される可能性があるのです

つまり、その状況に対して あなたがどのような
エネルギーヴァイブレーション、態度、思い込み
定義をつけるかによって、ハッキリと決められてくるのです

ですから、ある環境において
ある人は意志がどんなにあなたに迫ってこようとも
そこに与えられた同じ情況に対して
あなたがポジティブな意味づけだけを
していこうとするなら

他の人がどんな体験をしようとも
あなたはその体験からポジティブな結果だけを
受け取ることになるのです

(日本語訳:平山由紀子)
www.tuninginmovie.com


※バシャールの早口についていくのが大変だったので文字変換
動画で見るよりも、字面を追っていくとその意味が良く解かります。
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チェルノブイリ原発事故の被災者の歌 [こころ]



いつも何度でも
作詞/覚和歌子 作曲・歌/木村 弓
(徳間ジャパンコミュニケーションズ)


呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも心踊る 夢を見たい

悲しみは 数えきれないけれど
その向こうできっと あなたに会える

繰り返すあやまちの そのたびひとは
ただ青い空の 青さを知る
果てしなく 道は続いて見えるけれど
この両手は 光を抱ける




さよならのときの 静かな胸
ゼロになるからだが 耳をすませる

生きている不思議 死んでいく不思議
花も風も街も みんなおなじ

ラララララララララ・・・・・・・・・
ホホホホルルルル・・・・・・・・




呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも何度でも 夢を描こう

悲しみの数を 言い尽くすより
同じくちびるで そっとうたおう

閉じていく思い出の そのなかにいつも
忘れたくない ささやきを聞く
こなごなに砕かれた 鏡の上にも
新しい景色が 映される




はじまりの朝の 静かな窓
ゼロになるからだ 充たされてゆけ

海の彼方には もう探さない
輝くものは いつもここに
わたしのなかに 見つけられたから

ラララララララララ・・・・・・・・・
ホホホホルルルル・・・・・・・・

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心~白隠禅師 座禅和讃~ [こころ]

あるがままを受け入れ
一日の始まり、心静かに

~白隠禅師 座禅和讃~ ( はくいんぜんじ ざぜんわさん)
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【 現代語訳 】
衆生(しゆじょう)は 本来 仏である
それはちょうど 水と氷のようで
水を離れて氷はなく
衆生の外(ほか)に 仏はない

衆生は仏が近いことを知らないで
遠くに仏を求めている 何という儚いことか
たとえていうと 水の中にいて
のどが渇いたと 叫んでいるようなものだ
長者の家の子に生まれて
貧里に迷うているのと同じである

六道を生まれ変わりする輪廻 その人生苦の原因は
自分自身の 愚痴(無明)の闇路ゆえである
闇路に闇路を踏みそえて
いつ生死の苦しみを 離れることができようか

そもそも大乗(マカエン)の禅定(座禅)は
いくら称嘆してみても 称嘆しきれない
布施・持戒・忍にく・精進・禅定・智恵という六つの波羅蜜と
念仏やさんげや修行など
万行といわれるほど 多種の善行は
みなこの大乗の 座禅のなかに帰するのである

ほんの一坐りして 座禅の功徳をつんだ人も
これまで犯してきた無量の罪がほろびる
地獄・餓鬼・畜生・修羅の四悪趣も もうどこにもありゃしない
浄土は決して遠くない  
かたじけなくもこの法(のり)を
一度耳に触れた時に
賛嘆してそれに附随して 歓喜する人は
無限の幸福をえるであろう
まして自分自身に取って返して
自己の本性(自性)を 直証(じきしょう)すれば
自性は そのまま無性(絶対無という本性)で
それはもう戯論(けろん 無益な議論)を離れている
 
そこには 因果一如(衆生と仏と不ニ)の門が開け
無二無三の一道だけが真直ぐに通っている
「無相の相」を相として
往くも還るのもよそでない 
「無念の念」を念として 
謡うのも舞うのも のりの声である
三昧無げの空はひろく 
四智円明の月が さえわたるであろう

この時何の求むべきものがあろう
寂滅という涅槃(悟りの境地)が 現前するから
当処がそのまま蓮華国で  
この身が そのまま仏である


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
坐禅和讃(ざぜんわさん)とは、漢文表記であった坐禅の本質・目的を日本語で解説したもので、民衆にも分かりやすく説いたものである。白隠慧鶴(はくいん えかく)が著した。別名白隠禅師坐禅和讃(はくいんぜんじざぜんわさん)。

臨済宗、とくに妙心寺派では、檀信徒向けの『聖典』には必ず掲載されており、仏事のときに良く詠まれ、僧侶と参列者が一緒に唱えることもある。
※ 経文   右記参照【白隠さんの絵説法・山内長三 著・大法輪閣版 2200円】 
※ 現代語訳 右記参照 海岸
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